「わからないことは、人に聞く」相談力で切り拓いた再生への道
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「わからないことは、人に聞く」相談力で切り拓いた再生への道

能登町宇出津
📅創業:昭和40年頃(会社設立は昭和63年8月)
従業員:2名(夫婦、現在は子ども2名も手伝っている)
👤代表:大脇 一登
事業者名:有限会社 大脇昆布

能登町で昆布加工を手がける有限会社 大脇昆布。二代目が2016年に引き継ぎ、現在は夫婦2名で運営(子ども2名も手伝っている)。主な販路はお土産物屋や道の駅。コロナで販路を失い、興能信用金庫の支援を受けながら商談会・展示会に積極参加。副業人材の支援でプレゼン資料を改善し、県外取引先を獲得した。「“能登町”の大脇昆布」として地域名を必ず発信している。

取材日: 2026.02.20ライター: 甲 祥子

※掲載情報は執筆時点のものであり、制度内容は変更される場合があります。また、本事例は事業者の体験に基づくものであり、申請結果や補助金額を保証するものではありません。申請をご検討の際は、窓口で最新情報をご確認いただく事を推奨します。

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支援がもたらした変化

興能信用金庫への継続的な相談を通じて、副業人材支援や商談会・展示会出展支援を活用した。副業人材の支援では、プレゼン資料の作り方やリモート商談の進め方を学んだ。これまで苦手意識のあった商談会にも自信を持って参加できるようになり、県外事業者との取引や新たな販路獲得につながった。現在では年6〜7回の商談会・展示会へ参加し、海外販路の可能性も見え始めている。
フェーズ 1

課題

2016年に父から事業を引き継いだ当時、経営状況は非常に厳しかった。

長年主力としてきた百貨店催事中心の販売モデルは時代の変化とともに利益が出にくくなり、一度すべてを見直さざるを得なくなった。

さらに取引先の倒産も重なり、「売り先もなければ何もない状態」だった。 北陸新幹線開業を機に販路開拓へ動き始めたものの、コロナ禍で既存販路が大きく縮小。

「外に販路を見つけていかなければならない」と考え商談会や展示会に挑戦したが、書類審査を通過できず、なかなか商談の場に立つことができなかった。

フェーズ 2

選択と決断

興能信用金庫へ相談を続けた。

経営が厳しい時期から継続的に対話を重ねる中で、副業人材支援や商談会支援につながっていった。

究極の二択

【究極の二択】販路拡大をどうするか

選択肢 A
自分たちだけで販路開拓に挑戦する
  • 何から手を付ければよいかわからない
  • プレゼン資料が作れない
  • 商談会の書類審査を通過できない
  • リモート商談の経験がない
決断
支援機関へ相談し、外部支援を活用する
  • 課題を整理する
  • 副業人材の支援を受ける
  • 商談会への準備を進める
  • 新たな販路開拓へ挑戦する

決め手:

「自分たちだけでは限界がある」。そう感じていた大脇さん夫妻は、まず相談することを選んだ。わからないことを一つひとつ聞きながら前へ進むことが、再起への第一歩となった。

フェーズ 3

行動と変化

副業人材による3か月間の支援を受けた。プレゼン資料の作り方やリモート商談の進め方を学び、商談会に向けた準備を進めた。

当初は「プレゼンしてください」と言われても固まってしまい、何も話せなかった。しかし練習を重ねることで徐々に自信がつき、リラックスして商談会へ臨めるようになった。

結果として県外事業者との取引につながり、海外向け販路の可能性も広がった。また、興能信用金庫の支援により、ここ2〜3年で年6〜7回の商談会・展示会へ参加している。

⚠️

申請する人が直面しやすい『実務の壁』

何に困っているのか自分でもわからない

困っていることはわかるが、何が課題なのか整理できない

言語化の壁

商品の魅力や自社の強みを説明できない。

挑戦コストの壁

商談会や展示会への参加には出展料や交通費が必要となる。

壁の乗り越え方(要点)

▼ こうやって乗り越えた

  • 興能信用金庫へ継続的に相談した
  • 副業人材の支援を活用した
  • リモート商談の練習を重ねた
  • 商談会や展示会へ積極的に参加した
  • わからないことは人に聞き続けた
フェーズ 4

現在から未来へ

現在は受注対応と製造で手一杯な状況が続いている。

昆布加工はすべて手作業で、生産が追いつかないことも多い。

それでも、「子どもたちがこの仕事は楽しいと思えるような仕事にしたい」という思いがある。

また、「能登町の大脇昆布」として地域の魅力を発信し続けたいという思いも強い。

魅力ある商品を作り、能登町を発信していくことが大きなモチベーションになっている。

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再起の裏側:社長の相談力

「何に困ってるのか、自分でもわからなかった」

大脇昆布の再生の出発点は、特別なノウハウではなく、「分からないことは相談する」というシンプルな姿勢だった。

「いろんな人に助けてって言い続けた」

興能信用金庫、商工会、副業人材。さまざまな人との対話を重ねながら、自社の課題を少しずつ整理していった。 分かったような顔をしないようにする。「今でも分からないことばっかりなので、いろんな人に助けてとか教えてってことは未だにずっと言ってます。」

「副業人材で自信がついた」

プレゼン資料の作り方を学び、リモート商談の練習もした。 今は商談会にも気軽に参加できるようになった。副業人材の支援は大きな後押しになった。

## 今回活用した制度

副業人材マッチング(能登町・興能信用金庫)

能登町と興能信用金庫が連携して提供する副業人材マッチング支援。事業者の課題をヒアリングし、適切な副業人材を紹介。

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補助率:
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上限:
ここがポイント:3ヶ月間。プレゼン資料の作り方、リモート商談の練習、書類審査を通過するための企画書作成を学んだ。「リモートでの相談の講習をしたりだとか、副業人材の方に出て、その書類審査がクリアできるような企画書の作り方だったり、プレゼンテーションができるようなものを勉強してから挑んで」。

商談会・展示会出展支援(興能信用金庫)

興能信用金庫が提供する商談会・展示会への出展支援。出店料、交通費、宿泊費などを支援。

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補助率:
📄
上限:
ここがポイント:ここ2〜3年、年に6〜7回参加。ビッグサイトでの商談会(出店料50万円)など支援受ける。「興能さんのご支援があったおかげで、そういった大きな商談会、展示会にも出ることができた」。

✍️編集後記

取材を通じて印象的だったのは、「相談力」という言葉の意味でした。

「課題が分かってから相談するのではなく、課題が分からない状態で相談していた」

「助けてと言えること」が出発点だった。

多様な支援者との対話から課題を整理し、前に進む大脇昆布さんの姿勢は、ひとりで悩まず、誰かに頼ることの大切さを教えてくれている。

能登百業録 編集部

甲 祥子