解体から新業態へのチャレンジ ― トレーラーハウスが拓いた、松波酒造のスピード再建
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解体から新業態へのチャレンジ ― トレーラーハウスが拓いた、松波酒造のスピード再建

石川県鳳珠郡能登町松波
📅創業:1868年(明治元年)
従業員:3名
👤代表:金七 政彦
事業者名:松波酒造株式会社

松波酒造は、能登町松波で酒造りを続けてきた蔵元である。震災後、母屋や蔵を含む拠点が被災し、解体され更地となった。日本酒の製造は小松市の酒蔵「加越」の支援を受けて共同醸造という形で再開できたが、その影響で避難先の金沢(26年5月末時点では松波に住居を構えている)、酒の製造を行う小松、トレーラーハウスがある能登町と分かれることになった。再建にあたって金七聖子さんが選んだのは、短期間かつ比較的少額の投資で済むトレーラーハウスの設置だった。複数の補助金を用途毎に使い分けながら活用し、トレーラーハウスの設置から水回り、内装工事、駐車場の工事までを短期間で完了させた。現在は週末を中心に角打ち、物販を行いながら様々な企業や団体とのコラボレーションを進めるなど、松波に再び賑わいの場を創出している。

取材日: 2026年5月22日ライター: 河野 孝史(地域活性化起業人)

※掲載情報は執筆時点のものであり、制度内容は変更される場合があります。また、本事例は事業者の体験に基づくものであり、申請結果や補助金額を保証するものではありません。申請をご検討の際は、窓口で最新情報をご確認いただく事を推奨します。

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支援がもたらした変化

補助金を「制度に合わせて使う」のではなく、「再建の段取りに合わせて切り分けて使う」という発想の転換が、半年というスピードを生んだ。営業再開支援・チャレンジ支援・小規模事業者持続化の3制度を工事内容ごとに分割活用することで、トレーラーハウス店舗のオープンを実現。廃業の選択肢を捨て、「来てもらう酒屋」として再出発した松波酒造は、角打ちや物販・オリジナルグッズで複合的な売り場をつくり上げ、新たな商いを軌道に乗せている。
フェーズ 1

課題

震災により、松波にあった酒蔵は解体。救出された酒米から共同醸造・酒を発送する拠点は、支援を受けている小松市の酒蔵「加越」。生活も金沢・小松・松波を行き来する三拠点暮らしに。住まいはみなし仮設で、自分の部屋もなく、コートを車に積んだままという日々が続いた。かつてはプロパンガス事業やタバコ卸、ビール特約まで手掛ける複雑な商いだったが、ガス事業は譲渡、それ以外は休止。能登に残ったのは解体後の更地。酒蔵再建には億単位での費用が見込まれ、すぐに判断することはできないという現実だった。

フェーズ 2

選択と決断

本格的な酒蔵をゼロから建て直すにもどのような酒蔵だったらよいのか、どうやって維持していくのか、方向性はすぐには出ない。金七さんは「いきなり大きく建てる」のではなく、まず人を集められる小さな販売拠点を先に持つ道を選んだ。そのとき、復興支援で来訪した人からトレーラーハウスの紹介を受けた。洗練されたデザインが決め手だった。業者を探すとすぐに見つかり、話が動き出す。『2年間はここでの販売だけは絶対しよう』── そう腹を決めたことで、スピード感を持った行動へとフェーズが移った。

究極の二択

『いきなり酒蔵を本格再建するか』か、『まずトレーラーハウスで小さく早く始めるか』

選択肢 A
ゼロから本格的な酒蔵・店舗を建て直す
  • 何億円規模の資金が必要で、見積もりも方向性もすぐには定まらない
  • 道路・河川・井戸など周辺インフラの復旧待ちで、着工時期が読めない
  • 構想を練る間も日々の商いが止まり、客足と関係が途切れる
決断
トレーラーハウスで、まず販売拠点を早期に立ち上げる
  • 職人のそろう場所で箱を造って運ぶため、現地工期が短く人件費高騰を受けにくい
  • 更地に向いた工法で、業者探しから着工までが速い
  • 『来てもらう拠点』を先に持てるため、現地のお客とのコミュニケーションを切らさずに済む

決め手:

『2年間はここでの販売だけは絶対にしよう』という覚悟。大きく構えるより、人が集まり、お客とコミュニケーションができる拠点を先に持つこと。そして、トレーラーハウスという手段を早い段階で思いつき、施工業者がすぐ見つかり、設計に着手できたという巡り合わせが後押しした。

フェーズ 3

行動と変化

再建の核心は、各種補助金の「並行活用」だった。トレーラーハウス本体(車両)・カウンターや棚の造作・駐車場や外構・内外の電気工事などを、営業再開支援/チャレンジ支援/小規模事業者持続化補助金を各要件と用途毎に申請。施工業者と密に相談し、申請の日程に間に合うように勧めた。紙でのやり取りが不要だったのもスピードを後押しした。商工会の担当者が事務局とのやり取りを仲介し、型番の差分指摘なども一つずつ潰していった。資金面は自己資金を含む様々な支援金も大きな支えとなった。

⚠️

申請する人が直面しやすい『実務の壁』

各種工事を活用可能な制度ごとに切り分ける作業

補助金は一括ではなく活用制度ごとに見積書・請求書を分けて出す必要があった。トレーラーハウスの『箱・部品・作業』を用途別に振り分け、駐車場では相見積もりを2社から取って提出。電気工事は中と外で使える制度が違うため、一つの工事を何本もの書類に分解していった。本来は一社で決まっている工事に相見積もりを求められること自体が、現場感覚とのズレとして負担になった。

採択後に降ってくる、事務局の細かな書類への指摘

見積書と請求書の型番の食い違い、対象外項目(看板など)の除外── こうした指摘が採択後にまとめて届いた。やり取りは商工会を経由し、担当者が差分を一つずつ整理。様々な作業が同時に発生し、並行して進めなければならず、報告書から入金までのスピードも、資金繰りの面で気が抜けなかった。

壁の乗り越え方(要点)

▼ こうやって乗り越えた

  • 施工は一社にまとめ、見積書・請求書だけ制度ごとに分けて作成してもらった
  • 商工会の担当者に入ってもらい、事務局とのやり取りや型番差分の指摘を一つずつ潰した
  • 駐車場工事は相見積もり2社を取得して提出し、要件をクリアした
  • 看板など対象外項目を除外し、補助対象シールの貼付など細かな指摘に一つずつ対応した
  • 報告書から入金までのスピードを意識し、資金繰りのタイムラグを最小化した
  • パソコン操作・書類作成に不慣れな場合は商工会への相談が必須
フェーズ 4

現在から未来へ

トレーラーハウスは25年9月にOPENの時を迎えた。箱を別な場所で製作し、現地へ運び込むトレーラーハウス方式は、工期が短く、構造物に該当するため、将来酒蔵を再建するときには別な場所に移動して活用することも可能な柔軟性を持っている。現在は、地元の人々の交流や、観光客の受け入れ、将来を見据えた活動の拠点として、週末を中心に営業している。今後の見通しとしては、周辺の環境整備からスタート。将来的には松波の賑わいの拠点として、再び松波の地から酒を醸すことができることを目指している。

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再起の裏側

クラウドファンディング ― 570万円の裏にある『手元100万円』の現実

再建資金の一部はクラウドファンディングで賄った。集まったのは約570万円。だが、リターンの酒の原価・送料・各種経費、そしてプラットフォームへの手数料を差し引くと、純粋な寄付として手元に残るのは100万円程度まで縮む。さらに寄付分には法人税もかかる。『頑張れば頑張るほど割合で取られる』── この構造の矛盾を、金七さんは支援者として伴走したSBIの担当者とともに問題提起し、国会議員にも直接訴えた。資金調達は、額面の数字と手元に残る金額がまるで違う、ということを身をもって示すエピソードである。

『大江山』に絞ったからこそ見えた、複合する売り場

かつてはガス・タバコ・ビール特約まで抱える煩雑な商いだった。震災を経て事業を酒一本に絞ったことは、結果として売り場づくりの自由度を上げた。角打ちは550円でミネラルウォーターが付き、おちょこ2杯の利き酒スタイル。さらに自社の酒粕を使った化粧品、オリジナルのおチョコや箸置き、サイズを増やしたオリジナルTシャツ。団体客が入れば30分で2〜3万円が動く日もある。『いつも同じものしかない、と思われたら終わり』── 作家のイベントや新作グッズで売り場に変化を仕込み続けることで飽きない売り場作りの工夫。物販の粗利と単価の高さが、酒だけでは届かない売上を底上げしている。

打ち合わせをする場所すらなかった ― 『小部屋』に込めた意味

再建の打ち合わせを、雪の降る車の中でやろうとしたことがある。被災後の松波には、人が集まって話せる場所が驚くほど少ない。もともと集会場がなく、町内の集まりは誰かの家の庭で済ませてきた地域だ。だからこそ、新しい店舗には小さな打ち合わせ用の小部屋を設けた。客が来たとき、復興支援で通う県外の人が立ち寄ったとき、腰を据えて話せる場所。『来てもらう酒屋』を支えているのは、酒そのものだけではなく、人が集まり話に花を咲かせる空間でもある。

## 今回活用した制度

トレーラーハウスでの営業再開支援補助金

トレーラーハウス本体(箱)部分の取得・営業再開に充てた補助金。再建の土台となった制度。

💰
補助率:2/3(中小は1/2)
📄
上限:300万円
ここがポイント:町と県、さらにその上乗せ分があり、複数の枠を重ねて活用した。

チャレンジ支援補助金

カウンターの増設など、トレーラーハウスの中身・外構・工事内容をパーツごとに切り分けて充当。『箱と部品と作業』に分けて受けたうちの一部。

💰
補助率:2/3(中小は1/2)
📄
上限:300万円
ここがポイント:中・外の電気工事など『ここは中しか使えない/外しか使えない』といった区分が細かく、用途を一つずつ切り分ける必要があった。

小規模事業者持続化補助金(災害支援枠)

駐車場・外構、エアコン2台、トイレ、キッチン、棚やカウンターの造作工事などに充当。

💰
補助率:2/3
📄
上限:200万円
ここがポイント:トレーラーハウスの一部が車両となったため、補助金の各種制約から50万円で申請した。

✍️編集後記

25年にOPENした「トレーラーハウス松波」にお伺いしたときに感じたことは、こだわりぬいた外装や内装、そして建設の早さだった。これは、各種補助金などを目的に合わせて並行活用したからこそ、実現できたことである。商工会の担当者との連携や、トレーラーハウスの施工業者との相談を積み重ねるなど、「松波に活動の基盤を作る」という想いが、地域で人が集まる拠点、観光客が能登の酒を味わう拠点として「トレーラーハウス松波」という姿で早期に結実した。

補助金の申請を進める中で、能登町独自の上乗せ補助金を追加できたことには感謝しているとのこと。どの補助金にどんな上乗せがあるかは広報誌や担当者に確認してみてはいかがだろうか。

能登百業録 編集部

河野 孝史(地域活性化起業人)